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東京高等裁判所 平成8年(ネ)2388号 判決

控訴人

三露昌孝

右訴訟代理人弁護士

梶山公勇

被控訴人

三井信託銀行株式会社

右代表者代表取締役

藤井健

右代理人支配人

三間久豊

右訴訟代理人弁護士

樋口俊二

五百田俊治

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人と被控訴人との間において、控訴人が原判決添付の別紙貸付信託目録記載の貸付信託債権及びそれぞれに対する同目録(1)記載の貸付信託につき昭和六三年八月六日から、同目録(2)(3)記載の貸付信託につき平成元年三月二一日から各所定の利率による利息債権を有することを確認する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文一項と同旨

第二  当事者の主張

以下のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実及び理由「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  貸付信託と定期預金との相違に伴う民法四七八条の適用の有無について原判決5頁三行目の次に、行を改め次のとおり加える。

「すなわち、貸付信託と定期預金とは法律的な性質が全く異なっており、金銭の預託である定期預金については、期限前払戻しが可能であり、一般的に預金債権の払戻しは弁済と類似し、民法四七八条の類推適用ということが考えられる。しかし、貸付信託は、貸付信託法によって信託銀行がする受益証券の売出しと受益者の買取り(売買)であって、金銭の預託ではないから、払戻請求権とか期限前払戻しということはありえない。貸付信託においては、受益者が買い取った受益証券を信託銀行が期限の到来又は到来前に再び買い取るという受益証券の売買があるのみである。したがって、被控訴人が行なった本件貸付信託を担保とする貸付け、受益証券の期限前買取り及び相殺という一連の法律行為を、定期預金の期限前解約と同視して民法四七八条の適用ないし準用をするのは誤りである。

この点に関する被控訴人の後記主張は争う。」

2  被控訴人の注意義務違反と過失について

(1) 原判決5頁四行目から五行目の「3 かりに、右貸付信託を担保とする貸付につき民法四七八条の適用があるとしても、」の次に、以下のとおり加える。

「単純な預金の引出しや解約と異なる本件においては、次のとおり被控訴人に当然に要求される注意義務を怠った過失がある。

被控訴人池袋支店の担当者は、窓口に来た和子から控訴人名義の本件貸付信託受益証券の期限前買取りの申し込みを受けた際、和子が名義人である控訴人本人でないことを十分知悉しながら、一年経過時点での買取りを条件とする本件貸付信託に対する質権の設定、控訴人に対する四五〇万円の貸付け、期限到来による本件貸付信託受益証券の買取り、その後の買取金支払債務と貸付金返還請求権との相殺という一連の法律行為を指示し、和子に四五〇万円を引き渡した。このような複雑な法律行為が介在する場合は、単純な預金の引出しや定期預金の期限前解約とは異なり、通帳と届出印鑑の確認のみでは不十分であって、控訴人本人の来店を求めるか少なくとも委任状の提出を求めるなど本人の意思を確認すべきであったのに、これを怠ったのである。これを要するに、」

(2) 原判決5頁九行目の「和子を」を「和子が」に改め、同5頁一〇行目及び一一行目を次のとおり改める。

「したがって、被控訴人は、民法四七八条によっても免責されない。」

二  被控訴人の主張

1  貸付信託と定期預金の類似性に伴う民法四七八条の適用について

(1) 原判決7頁二行目の次に、行を改めて次のとおり加える。

「なお、本件貸付信託は記名式であるが、記名式受益証券は、無記名式のものと異なり、有価証券ではなく、指名債権証書ともいうべきものであり、受益者は、受益証券を信託銀行に預け、その証として受益証券預り通帳(信託総合口座通帳)への明細記入を受けているから、記名式受益証券の買取りは法的には信託受益権の買取りということができる。」

(2) 原判決7頁四行目の「設定日」の次に、「(同目録(1)(2)記載の貸付信託については、継続設定日)」を加える。

(3) 原判決7頁一〇行目の次に、行を改めて以下のとおり加える。

「四 記名式貸付信託と定期預金とは、契約類型において異なるものの、いずれも一定の金銭を銀行が受け入れ、一定の期限に預入れ者に対して受入れ元本及び運用利益を支払うという点で、きわめて類似している。このことは、一般的に貸付信託が信託預金といわれ、金融行政上も預金と同様に取り扱われている(預金保険の対象とされ、準備預金の対象となている。)ことからも明かである。

そして、記名式貸付信託の受益権の買取り(個別的信託契約の解約)と定期預金の期限前解約は、いずれも解約によって銀行が預入れ者に返還すべき金銭を支払うという同一の法的機能を有するものであって、両者ともに解約によって発生した金銭債務の弁済の範疇に属するものである。」

2  被控訴人の無過失について

原判決8頁四行目の「和子は、原告を代行して、」の次に、「昭和五九年三月一三日に被控訴人名義の信託総合口座を開設してから平成元年四月一九日までの四年間にわたって、」を加える。

3  表見代理の主張の撤回

原判決9頁一〇行目から10頁三行目までを削除する。

第三  証拠

原審及び当審の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないと判断するものであり、その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の事実及び理由「第三 判断」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決10頁六行目の「貸付信託約」を「貸付信託契約」と改め、右同11頁六行目の「(乙二、二〇)」を「(乙一、二、二〇の1、二二、証人君谷闊志)」と改める。

二  原判決12頁一〇行目の次に、行を改めて次のとおり加える。

「なお、控訴人は、貸付信託と定期預金とは法的な性質が異なっており、貸付信託を担保とする貸付けと定期預金の期限前解約による払戻しとの間には、同視することのできない差異がある旨主張する。しかしながら、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、(1)既に認定したとおり、本件貸付信託も、委託者(受益者)が一定額の元本を信託銀行(受託者)に一定期間信託し、信託銀行がこれを運用して期限到来後元本及び収益(収益満期受取型・ビッグ)を金銭で委託者に支払うもので、元本が保証されており、信託預金ともいわれていることなどに照らしても、定期預金に類似していること、(2)本件におけるような信託総合口座では、普通預金、記名式貸付信託受益証券保護預り、受益証券を担保とする当座貸越、収益金積立用金銭信託、国債等公共債の保護預り、国債等を担保とする当座貸越などの取引ができることとされており、顧客から普通預金残高を超える払戻しの請求があった場合、不足相当額につき、当該口座で取引きされている貸付信託受益証券や国債等を担保(質権設定)に一定額を限度として自動的に貸出し(貸越)をして普通預金へ入金のうえ払戻しがされ、後日普通預金に入金があれば自動的に貸越金の返済に充当されることになっており、預金と貸付信託は密接に連動して運用され、一定範囲の貸付けについては受益証券を担保として自動的に融資がされていること、(3)受益者が貸付信託により融資を得ようとする場合、前記のとおり、設定日(募集締切日)から一年を経過していない受益証券によるときは、これを信託銀行が買い取ることができないので、受益証券に質権を設定し、右一年を経過した時点で受益証券を買い取りその代金をもって相殺する予定のもとに、貸付けを行うという方法がとられているところ、このような貸付けは頻繁に行なわれており、貸付限度額が限定されている(貸付信託元本の九〇%以内であるが、ビッグの場合は元本の一〇〇%までである。)ことから、一般の貸付けと異なり、厳重な審査は行われず、信託総合口座通帳、借入申込証、担保差入証等の必要書類の記入、提出を受け、届出の住所、氏名、印鑑の照合、確認をして貸付けがされるのであり、預金を担保とする貸付けと同様に取り扱われていることが認められる。以上の認定事実に徴すると、貸付信託を担保とする貸付けと、定期預金の期限前解約による払戻しないし定期預金を担保とする貸付けとを同視することができ、控訴人の主張は理由がない(本件記名式貸付信託受益証券買取りの法的性質を受益証券の売買であると解しても、右の判断を左右するものではない。)。」

三  原判決14頁二行目の次に、行を改めて次のとおり加える。

「したがって、信託銀行が、権限を有すると見られる者から申込みにより貸付信託を担保とする貸付けをした場合、信託銀行として尽くすべき相当の注意を用いたときは、右貸付けによって生じた貸付債権を自働債権とする受益証券買取代金債務との相殺をもって受益者に対抗することができるものと解することができる。」

四  原判決14頁八行目の「二〇、」を「二〇の1ないし3、二一、二二、証人君谷闊志、」と改め、右同14頁九行目の「和子は、」の次に「昭和五九年三月一三日に被控訴人名義の信託総合口座を開設し、その後約四年間にわたり、」を加え、右同15頁五行目の「募集締切日」の次に「(設定日。ただし、同目録(1)(2)記載の貸付信託については、継続設定日)」を加える。

五  原判決15頁一一行目、16頁三行目、18頁二行目の各「被告」をいずれも「控訴人」と改める。

第五  結論

以上のとおり、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邊昭 裁判官永井紀昭 裁判官山本博)

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